がんばるせろな(仮)

夫のバルセロナ留学についてきた30代女。コロナ禍のスペインで、何を考えどう過ごす?手探りだらけの滞在記録

バルセロナのバレンタインデーに行ってきた話

 4月23日はサンジョルディの日といって、カタルーニャ州のバレンタインデーみたいな位置づけの日。といっても、贈るのはチョコレートではなくて、男性→女性はバラの花、女性→男性は本であることが多いそう。

 教えてくれた友人は、性別はどうでもよくて、どっちも好きだから両方を贈るしもらう!と言っていた。私も大いに賛成だったので、ちょっと街中に様子を見に行ってきた。

 この日は町のあちこちに本屋さんが出店をだしたり、バラの花が売り出されたりして、なんだかロマンチック。もちろん、行き交う人の手にも本やバラをたくさん見つけることができる。白髪のおじいちゃんがバラを携えて歩いている姿なんてとてもほっこりする。※バラは1輪のみか、1輪+αというものが多いので、ブーケのように大事に抱えるというより無造作に握りしめたりバックパックに突っ込んでいることが多い。それもまたかわいらしい。

     

 ラジオ局のイベントブースや公開収録と思しき車もきていて、圧巻の人出。久々に人酔いした。売っている本はこんな感じ。

最下段左はサンジョルディのロゴ。バラの花が本になっていて、「本とバラの日」と書いてある。

 ユーロ導入前の通貨「ペセタ」で値段が書かれた古本から、日本の漫画(カタルーニャ語だったから買わなかった)、子供用の絵本など、ジャンルも豊富。この日は雨模様の予報だったので、カバーをかけてあるお店もあった。

 古本は3ユーロくらいから買える。大手の書店の出店だと、サイン会なんかも時間ごとに開かれているようで、長蛇の列ができていた。

 花屋さんも、本の出店の合間や交差点に臨時の出店があった。人が多すぎて写真が全然うまく取れなかったけど、こんな感じ。

 1輪のバラが主役のものや、ちょっとした鉢植え、10輪くらいのブーケまで色々。ラッピングにもバリエーションがあるけど、カタルーニャ州旗(黄色と赤のボーダー)モチーフが仕込んであるものが多いちなみに、歩きながら雑に価格調査した感じ、スーパーで買えば最安で2ユーロから、出店で買うならバラ1輪のみのものが7~8ユーロ。麦の穂などほかの植物と合わせたものだと10~30ユーロ。バラの花束や鉢植えに関しては怖くて聞いていない。

 ぬいぐるみやガーデンピックになっているのは、サンジョルディの由来になった伝説に登場するドラゴン。サンジョルディというのはカタルーニャ守護聖人で、この聖人が倒したドラゴンの血がバラになったと言われている。友人に教わった通りの話がウィキペディアに載っていたので詳しくはそちらに譲る。

 友人は「1年で一番好きな日」だと言っていた。春の陽気の中、大事な人のために本を探したりバラを選んだり…。自分にもそうしてくれる人がいるありがたみを感じたり…。これはとても良いなぁ。言っている意味がよくわかる。

 我が家ではバレンタインを廃止してこちらに乗り換えたいくらい、私の好みには合っている。まあきっと2月になったらチョコレートを買うし、なんなら自分用を一番張り込むとは思うんだけど。

 ちなみに、この日は私たちが帰路についたとたんに大雨とあられと晴れを繰り返すすさまじい天気になった。本もバラも無事、誰かの大事な人に届いていますように。

 お知らせ:5月末ごろまで投稿がまた減る見込みです。あと2記事書ければいい方かなと思っています。

Speakeasyの評価を改めて考えてみた

 語学学校で勉強し始めて随分経つので、少し踏み込んだ情報とともに、今だからできる評価をしておこうと思う。

  • 教科書は若干難しめ?
  • 授業の進行やシステム解説
  • 先生による部分が結構大きい
  • コロナの影響
  • 最大人数がやはり多い
  • 総評

授業レベル

 スペイン語の教科書というと、AULAというシリーズが人気で有名なのだそうだ。が、Speakeasyで使っているのはGente Hoyというシリーズ。なんでメジャーどころじゃないのかな…?と不安になったけど、スペイン語が分かる人に見比べてもらうと「GHの方が難しいかも」という感想だった。

 とはいえ、結局スペイン語を学ぶ上で通る道はほぼ同じだろうし、すべての時間を教科書にかじりついて過ごすわけではないので、そんなに身構えることもないと思う。生徒の層やモチベーションによると思う。

授業の進行やシステム

 学校の公式ウェブサイトには、独自のプログラムを採用していると書いてある。が、別に特殊なメソッドというわけではない。CEFRのレベル(A1,A2,B1,B2,C1,C2)に照らして、ある水準に達していないと次のレベルに進めないようになっているというだけ。その判断は、各先生がしている。たとえば、A1からA2に上がる時などの節目に、時々「もう一回A1をやり直してからA2に進もう」と個別に言われる生徒がいる感じ。進級時のレベルテストは希望すれば受けられるらしいが、私はまだやったことがない。

 B1までは毎週「学習〇週間目の人たちのクラス」が用意されていて、どれも同じペースで進んでいく。だから、自分より1週後に始まったクラスに入れば直近1週間ぶんの授業を繰り返せるし、4週あとで始まったクラスに入れば1か月ぶんやり直せる。自分で申し出てクラスを変えてもいい。週の途中でも、相談すればおおむね大丈夫のはず。

 B2以降は、各週数ぶんのクラスはなくて、開講中のクラスに入るかたちになる。各レベルに12週間とかかかるので、週数ごとにクラスを用意していたら大変だし、生徒数も減ってくるからだと思う。

 たとえば、私が終えたばかりのB2.1は11単元あり、順不同でよいので11課全部終われば(そして相応に学習成果が上がっていれば)B2.2に進める。私のクラスは教科書の第3課から始めたので、11課→1課→2課と進んで終わり。B2.1は、私がこれを書き始めた時点で他にあと2クラスあった。

先生による部分

 B2.1まで約半年お世話になった先生は非常に評判が良い。私たちの語彙レベルをきちんと把握していて、知らない言葉を突然使うことは少ないし、言いたいことを察して正しい表現をいいタイミングで教えてくれる。読み書きと話す時間の配分にも不満はない。

 この先生が休暇でいないときは代講の先生が来るのだけど、授業の姿勢は様々。基本的にゲーム形式で授業を進める先生、とにかく作文させて一人ずつ直しを入れる先生、正しく話すことを何より重視する先生、生徒のだれかが話そうとしてもずっと自分が話している先生(この先生だけはやりづらさを感じる)…。

 いろんな先生を比べることで勉強の幅が広がるほか、「あの先生がいいな~」という理由で別のクラスに移ることも可能。生徒間で折り合いが良くなく、別のクラスに行くことにした…という話も稀ながら聞いた。

 ただし、自分のいるレベルが1クラスしか開講されていないと逃げ場がない。上のレベルになればなるほど生徒やクラスの数が減り、学習にかかる週数が増えていくので、融通はききづらくなる。現在、苦手な先生にあたってしまったけど、ほかのクラスはない&次のレベルに上がってこのクラスとお別れするには1カ月以上かかる、というところでちょっと悩ましく思っている。

新型コロナの影響

 最近まで知らなかったが、週20時間コース(1日4時間×平日5日)の場合、本来1日の授業を2人の先生が担当していたらしい。2時間で先生が交代して、たぶんやり方が偏らないようになっているのかな。

 でも、最近まで、新型コロナの影響で接触を減らすために、4時間の授業を全部1人の先生が担当していた。。いい先生に当たれればラッキーだけど、逆にほかの先生と比べる機会がないし、同じ先生とばかりやっていると気づかない苦手分野とかもあるかもしれない。これは今後のコロナの状況次第ではまた戻る可能性もあるのかなと思ったので書いておく。

最大人数はやっぱり多い

 年末年始など休む生徒が増えると、6人ずつのクラスを2つまとめて12人のクラスにしたりと再編成が多くなった。これは先生が休暇を順番に取れるようにするための措置だと思うのだけど、結構突然「今日からあのクラスと合体」と言われるので驚く。

 さらにちょっとストレスなのは、しれっと規約に1クラス12人が最大人数だけど、学校側の判断で定員を増やすことがある」と書いてあること。普段から12人ぎりぎりの週が多く、人数が増えるほどに進みが遅くなったり、フィードバックをもらう時間が減ったりしがちなのに…。

 実際この記事を書こうと思ったときは13人いた。休みやすいシステムだから全員が揃うことは少ないけど、このコロナ禍で定員増はさすがにないかなと思っていたら違った。

総評

 教材はあまりメジャーなものではないが、少し難しいくらいで変なわけではない。習熟していないと先に進めないシステムは、一見厳しいけれど、授業の質をある程度担保してくれる。同じレベルや前のレベルに自由に移動できるのは、自分の予定との兼ね合いを心配をしなくてよいので助かる。

 ただやっぱり人数が多いのはちょっと大変だし、生徒間の相性はまだしも、先生が合わない可能性も考慮して問い合わせをした方がいいかも。

 今後語学学校を探すことがあれば「レベルごとの生徒数やクラス数、先生の人数」は必ず聞くと思う。「時期によって変わる」と言われたくらいでは引き下がらず、「じゃあ今どれくらいなの」とか、もっと踏み込んで「クラスの雰囲気が合わないと思ったらどうしたらいいの」とかくらいは聞いておきたい。

 

多言語脳はどこに育つか

  かねてから、日本語や英語で考えて翻訳しなくてもスペイン語で考えて話せるようになれたらいいなぁ…と考えていた。それが少しずつ叶いつつあるのはうれしい。

  ただ、日本語、英語、スペイン語の3つを行き来するのは相変わらず難しい。

 ちょっと難しい内容だから英語で話そうかな…と思って話しはじめると「あれ、これ英語でなんだっけ…スペイン語ならわかるのに!」というむずがゆさを感じたりする。しかもこれが「ビジネスって英語でなんだっけ(※ビジネスです)」みたいなごく基礎的な単語で起きる。

 この時の脳内のイメージはこんな感じ。

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★は何語と何語で考えているかという大体の位置

 日本語と英語の間に自分がいるときは、スペイン語に切り替えるのがちょっと大変だし、英語とスペイン語で話そうとしているときに日本語が入ってくると言葉が出てこなかったりもする。上図でいう、コーナリングが難しい感じ。

 この図の中に3か国語をどれも満足いくように話せる「多言語脳」があるとしたら、ここにできると思っていた。

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どこからも近い所が「多言語脳」が育つ場所であってほしかった

 けど、現実は違う。こういう感じ。

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 急に立体になるのは卑怯だと思う。自分でもこんな感想を抱くとは思わなかったけど、本当に「立体的な難しさ」を感じているのだから仕方ない。今のところ、どこからも遠い。なので、3か国語すべてに注意を払うより、どれか2つに集中する楽さに流されそうになってしまう。

 恐ろしいことに、日本語すら、使わないと忘れてしまう。ブログ記事を書くたびに、まとまった文章はいきなり書けるものじゃないなぁ…と思う。そして回を追うごとに下手になり、構想に時間がかかり…。でも、一度も考えたことがない内容をいきなり書いたり話したりはできないと思っているので、今こうして考える時間をとっていることはいつか何かにつながると思う。

 いわんや外国語をや(すかさず日本語を練習)。

 「よくわからんけどなんか素敵…」と思いながら聞いていた洋楽の歌詞が、ある日突然聞こえてくるようになったりする。こういう経験を理由に「打ってから響くまでが長いなぁ…脳にハエが止まるほどトロいのかなぁ…」と自分にがっかりしていた。

 でも、最近少し考え方が変わってきた。たとえば、小さいころにあんなに自転車の猛特訓をしたのに、一度できれば「なんで転んでばかりだったんだろう?」と思う感覚。逆上がりの仕組みが、回れるようになってから遅れて理解できる感じ。これを「理解が遅い!」と嘆く人よりは「すべての苦労はその一瞬のひらめきのためにあった」と思う人の方が多いような気がする。語学を頑張る仲間を見ていると、私たちの抱くもどかしさは「ひらめく準備期間」で大部分説明がつきそうに思う。

 最近よく、深い井戸に一滴ずつ水をためている途中を想像する。自分が注いだ水が底に届いて「ぽちゃん」と音をさせるまでに時間がかかるのは、自分が満たしたい井戸がそれほど深いから。そして、さっき書いた図形の高さが、井戸の残りの深さのように思える。だとしたら、井戸が深い=目標が高いのは必ずしも悪いことではないのかも。

 と、ここまで考えて友人に教わったカタルーニャ語の格言を思い出した。もう一度書いておく。

 De mica en  mica s'omple la pica.

 シンクは少しずつ満たされるという意味。雨だれ石を穿つとか、ちりも積もればみたいな感じだけど、水をためるという発想はこれを聞くまでなかった。きっとこのことわざの影響で、こんな考え方ができるようになったと思う。いくつになっても、いろんなことを吸収して生きている。

 今じたばたしていることも、きっとあとから自分の何かになるはず。育て多言語脳。

「心を寄せる」ことの難しさ

 日々の生活から世界レベルの出来事まで、いろんなことがありすぎて、気が付いたら3月にワープしていた。何をどう書けばいいか考えてはいたけど、まとまらないのであきらめてそのまま書いていくことにした。

 まずは世界レベルの出来事。といっても、世相を切る!みたいな話ではなくて、こういう出来事から、人とのかかわりや社会とのかかわりについて、そして自分について考えている途中です、という話。

 目次、というほどでもないけど。

  • トンガの噴火:心を寄せること自体の難しさ
  • 北京五輪:「同じ日本人として」という力技
  • ウクライナ情勢:「何者として」心を寄せるのか
  • 思うこと

トンガの大規模噴火:「心を寄せる」ことの難しさ

 私がこのニュースを始めて知ったのは、SNSで日本の知人がかなりザワザワしていたから。たぶん、発生から8時間くらい経っていたと思う。ニュースを見ていなかった時期と言うのもあるけど、日本とくらべると、私の周辺は静かだった。

 こちらの人が冷たいからではないと思う。むしろ、キリスト教文化の影響なのか、チャリティー意識がすごいなぁと思わされることがある。ホームレスに小銭を渡す人が結構いるし、募金にも積極的。服を捨てるときは「欲しい人が持っていけるように」とゴミ箱の上にわかるようにおいておくのが暗黙のルール、という地域があったりもする。でも、今日にいたるまで、日本人以外の誰とも、トンガの話はしていない。

 地震津波を体験として知っている人が少ないからかもしれない。西欧地域では地震や火山活動、津波被害は比較的に少ない。なので、普段から私が日本の地震の多さやその対策について話してもあまり刺さらないというか、「ふーん…?すごいんだね…??」という感じになりがち。

 あるいは、物理的な距離が心理的な距離に影響しているのかもしれない。スペインとトンガは結構離れている。日本からみて地球の裏側はブラジル近海で、スペインからみた地球の反対側は、ニュージーランドの近く。トンガはその北にあり、きっちり正反対ではないにしても、「ニュージーランドと赤道の間くらい」というイメージはかなり遠く感じられるのではないか。だとしたら、実際に行ったことがある人や詳しく知っている人は、思いのほか少ないのではないか。

 だとしたら、行ったことがない場所の、経験したことのない困難を想像するのはさぞ難しかろうな、ということを、この時なんとなく考えていた。

北京五輪:「同じ日本人として」という力技

 冬季五輪を詳しく見ないのは時差のせいだとばかりおもっていたが、今思えば中国にはずいぶん昔に行ったきりな上、ウインタースポーツにも縁がなかったというのも大きい。「今の姿をよく知らない都市で行われている」「詳しく知らない競技」に関する壮絶な努力や苦労について、イメージするのが難しいのは道理のように思える。

 同時に、よく見かける「同じ日本人として誇らしい」という感想が、普段より印象に残った。実際にスペインにきて、日本人同士なら今まで経験してきた出来事が似ているから考え方や言いたいことが理解しやすい、ということが結構あったし、これは「よく知らなくても、何か共通点があれば自分のこととして想像できそう」、という、潔い力技のような気がした。

ウクライナ情勢:「何者として」心を寄せるのか

 もう一つ、「何者として」関わるのか、ということを考えさせられたのがこれ。

 最近、ニュースも新聞も語学学校の先生も、ウクライナをめぐる情勢のことを話さない日はない。というか、ニュースや新聞を求めなくても、人と話していればおのずと情報が入ってくるし、意見を求められることもある。先日マドリッドを訪れた時には、ウクライナのためのデモに出くわした。同じころ、バルセロナでもデモがあったそうだ。もはや誰とも話さなくても、町を歩いていれば何かしら情報が入ってくる状況だ。

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マドリッド中心部で2月末にあったデモ。PAZは平和の意

 恥ずかしながら、私はウクライナにもロシアにも詳しくない。ただ、どちらの国の人も語学学校の友人にいて、「〇〇人」である以上に「〇〇さん」として見ているから、自分の手が届く範囲の身近な話だという感覚はある。どちらの友人にも恥ずかしくないよう、彼らに対しての言葉や行動は自分で考えて見つけたいし、それ以外の人と話すときも「なあなあに濁さず自分の意見を持とう、意見を求められたらちゃんと答えよう」と思えている。

 でも、もし私がスペインに来ていなくて、どちらの国の人とも知り合っていなかったら?日本もロシアの隣国だから、関心を持っただろうとは思う。でもどちらかというと「日本という隣国の市民として」であって「個人として」ではないだろうな、という気がする。

思うこと

 よく知らないこと首を突っ込むのは恥ずかしいとか、無責任とか思ったりもする。これまではそこで「知らない、わからない、どうでもいい」と考えることを放棄しがちだった。でも、せっかくはるばるスペインまで旅をして「自分の知っている世界の範囲」が少しだけ増えた今が、自分がどういう立場で世界の出来事を見ていて、何者として世界とかかわりたいのか?をよく知るチャンスなのかもしれない。

3回目のワクチンを受けてきた記録

 先日、3回目となる新型コロナのワクチンを受けられたのでその記録。

 予約5分、現地で5分、副反応の影響を感じなくなるまで5日予約した次の日に打てたので、1週間で全部終わった。流れはこんな感じ。

  • SMSに3回目接種のお知らせが。5分でオンライン予約完了
  • 大規模接種会場、滞在時間なんと5分
  • 副反応はしっかり。きついのは1~2日。完全復活までは5日。
  • 寝ながら考えたこと

SMSに3回目の案内。オンラインで予約完了

 カタルーニャの医療システムにめでたく登録されて(末尾に過去記事あり)しばらくたち、ふとSMSを見るとこんなメッセージが。

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 「3回目のワクチン、予約する?」という内容。で、添付のURLをタップすると右上のようなページに飛び、すぐに予約画面に進めた。

 ざっと見た感じ、CAP(地区ごとの公立病院みたいなところ)で受けるか、大規模接種会場で受けるか選べる。私は大規模会場を選んだ。CAPは本当にコロナに罹った人や他の病人が来るところなので、大規模接種会場の方が趣旨に合っていそうなのと、予約枠がたくさんあったから。

 観光地になっているサンパウ病院も会場になっていて、ちょっと気になった…けど、この時は周囲でコロナ感染報告が相次いでいたので、最速で予約がとれるエスパーニャ広場の展示場を選んだ。当日の夜の枠から予約が取れたけど、心の準備ができていなかったので翌日の午前にした。

 ちなみに、予約を取った後に「ワクチンはモデルナ製だよ」ということが分かった。事前に知る方法があるのかどうかは今のところわからない。

接種は5分で終了

 この会場は、以前コミケ的な催しが開かれていた場所(末尾に過去記事あり)。東京でいう、ビッグサイトとか国際フォーラムみたいなイメージ。

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 会場近くまでいくと「大規模接種会場はこちら」みたいな看板が立っていて、そこに向かって進んでいくと、なんと長蛇の列。

 だけど、親切にも最後尾の人が「予約アリの人はあっち!この列は予約したい人の待機列だよ」と教えてくれた。そして、指さされた「あっち」を見ると…どの場所のことかわからないくらい、誰もいなかった。

 入口でに予約票のバーコードを見せ、入場。全然混んでいないのに、柵でうねうねに仕切られた順路を追っていく。テーマパークの人気アトラクションが珍しく5分待ちの時、みたいな感じで、待たなさに逆に慌てる始末。

 受付ブースでは①予約票②TIE③Salutカード(保険証)の3点を見せた。TIEカードはIDを確認したくらいですぐ「もうしまってもいいですよ」といわれ、「この人はモデルナ3回目」というメモとSalutカードを持って先に進むように言われた。

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「モデルナ、三回目」のメモ。下の青いのは保険証

 その先はもう接種コーナー。衝立で仕切られたブースに2人いて、1人がワクチンをうち、もう1人が端末を使ってその場でシステムに接種情報を登録している感じだと思う。

 問診票も何もなし。腕を出したら即注射、そして「3回目接種は会場での15分待機はしなくていいので、すぐ帰れますよ」と言われたと思う。この日はスランプ真っただ中で、スペイン語なんか一言ぽっちもわかんないよォ!という自棄モードだったけど、一応2回聞き返した。そう言っていたと思うんだよね…。

 で、ブースを出てみてもやっぱり15分待機用の椅子が少なかったのと、すたすた帰っている人が多かったので、日本人の悪癖「右に倣え」ですたすた退場した。長々と書いたけど、入場して出てくるまで5分かかっていない。

 なのに、数日後にはワクチンパスポートにロットナンバー入りで3回目接種の記録が反映されていたのですごいなぁと感心した。

副反応で翌日は使い物にならず、完全復活には5日

 打った当日は「わぁ腕が上がらない」と思っていたくらいだったが、翌日は38.5度を超えて発熱し、セットでやってくる頭痛や節々の痛みに、数年ぶりに「インフルってこんな感じだったなぁ…」と思った。ありがたかったのは、Paracetamol(日本で言うカロナールみたいな薬)がよく効いたこと。

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 熱は2日後にはほぼ下がったけど、その週はずーっとぼんやり微熱があるような感じだったり、なんとなくだるかったり集中できなかったりした。どこまでが副反応で、どこまでが発熱の疲れなのかわからないけど、1,2回目と比べると今回は強烈だった気がする。

寝ながら考えていたこと

 「ワクチンの副反応でこれなら、本当にコロナになったらどうなってしまうんだ」ということをすごく考えた。

 CAPや医療機関に電話する機会があり、部分的に英語が通じても、スペイン語の方が得られる情報の質と量が圧倒的に良いなぁと思っていた。でも、不調の中で、そして身振り手振りなしでどのくらい話せるか…というのは楽観視できない部分があると思う。

 症状を伝えられないだけでなくて、NIEや保険証の番号、電話番号、生年月日、住所や郵便番号、ワクチン接種の日付…情報の大部分が数字なので、言っているうちに訳が分からなくなったり、自信がなくなってきたりもする。特にネイティブスピードでの復唱を聞くときは超ハードモード。

 もちろん覚悟のうえで来ているけど、日本でコロナに罹るのとはまた違う大変さが上乗せされるので、これらの情報は読み仮名つきのメモにまとめておいて、可能なら自分が不調の時に代わりにしゃべってくれる人を見つけておいた方がいいなぁと思った。

 それから、ふとワクチンパスポートを見ると接種記録欄が8回目のぶんまであったのでちょっとドキドキしている。一応作っておいたよ、くらいだと思うんだけど…

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8回目までの記入欄。緑のバーの中には接種した日付が入っている

 少しでも早くコロナが落ち着くといいなぁ。

関連記事

コンビニ・ホームセンター・ファミレス

 スペイン語の初学者クラスで驚いたのが、花屋、魚屋、八百屋…といった、商店街にあるような専門店の種類が多いこと。金物屋、鍵屋、水道屋…なんかは日本にもあるけど、初学者クラスで一気に教わるとは思わず、ちょっとクラクラした。

 特に驚いたのは「コピー屋」。コピーをとってくれたり、各種印刷を引き受けてくれる。カジュアルなKinko'sみたいな感じ…?他にもお店の分類が細かく、しかもコンビニ的なお店がないので、ほしいものがある時はお店探しがまず大変

説明が難しかった日本のお店3種

 私が何をどこで買えるかわからないのと同じように、こちらはほぼ見かけなくて、そのせいでスペインの友人に説明するのが大変だったお店が少なくとも3種類あった。それがタイトルにあるコンビニ、ホムセン、ファミレス。こういう「広範なものが売られているチェーン店」を説明するのが非常に難しい

コンビニ

 コンビニには①食品②携帯の充電器やイヤホン③ペンやレターセットや履歴書④雑誌や漫画⑤緊急贈答用のお菓子⑥タバコ⑦コピー・印刷サービスなんかがあると思うけど、この番号を振ったものは、こちらではそれぞれ別のお店の担当。

 一応24時間営業のお店がスペインにもあり(スーパーも含め多くのお店は日曜休みなので)、おつまみや飲み物と、洗剤なんかの生活必需品を売っているんだけど、ここまで手広くはない。日曜祝日や深夜~早朝にはありがたい!という感じ。あ、でもこちらの「コンビニ的なお店」は、近場なら宅配をしてくれる場合があって頼もしい。

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コンビニ的なお店。24hと書いてあっても閉まっていたりする
ホームセンター

 インテリア専門店は時々見かけるけど、ホームセンターのように「だいたいなんでもありそう」なお店はあまり見かけない。強いて言えば、建材や植木、時にペットも扱っているIKEA、またはDIYのお店とかになるのかな…?というかホームセンターの守備範囲が広すぎるのか。

 アニメやフィクションが好きな子なので、ゾンビが出たら立てこもりたいサバイバル拠点として人気なんだよ!と教える気満々でいたんだけど、それを言えるほどのイメージが伝えられず断念した。

ファミリーレストラン

 ファミリー向けのレストランっていう意味でね…と話しはじめたところ、「ファミリー経営のレストランのこと?」と初歩的な言い間違いを心配された。たぶん、そのくらいピンと来ていなかった。

 ファミレスの難しい所は、いろんな種類の料理があるという説明では「例えばスシとフレンチとイタリアンが一緒に食べられるの?すごいね!」と本格的なものをイメージされてしまい、逆にカジュアルな料理で提供が早いと話すと「つまりファストフードってこと?」と両極端なイメージを与えてしまうこと。子供連れが行く外食=マクドナルドとかの典型的なファストフードという発想の人もいるので、これに関しては「行ったほうが早い気がする」と白旗をあげてしまった。

 たぶんどっちも間違いではない…んだけど、この二つのイメージを脳内で統合するのは難しいと思う。「世界のファストフードが食べられるのか!」と言われると、それはそれで違う気がして…。いや合ってるのかな…自分でも迷子になる。

思ったこと

 おそらく、私の知っている範囲の人は大規模チェーン店より小規模店に価値を見出す傾向があり、「そんなにあちこちに同じお店があってどうするの?」という感覚。たくさん同じコンビニがあって、同じ種類のペンを売っていて、どのお店にもお客が入るの…?という顔をされたけど、こちらも小規模店がいくつあろうと売れ筋商品はどこにでもあるので、そこらそんなに変わらないような気がする。

バルセロナのお店めぐり

 裏を返せば、バルセロナの小規模店は、売れ筋商品のラインナップこそ似ているけど、ちょっとずつテイストや品ぞろえが違う。

 本当に好きで徹底的に探したいものがある時は、時間をかけて小さな店をいくつもめぐるのが楽しい。気持ち的な敷居は高いけど、その分お店の人も詳しいことが多いので、親切に相談にのってくれる

 もちろん、あれこれ探し回った結果、どこにでもおいてある定番商品にたどり着いたり、日本の見慣れた商品を勧められたり、アマゾンで買ってしまうこともあるけど。

クリスマスツリーの処分方法とバルセロナのゴミ事情

 最近町をうろうろしていたら、こんなものがあった。

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クリスマスツリーの回収拠点(たぶん)

 朝9時くらいにこの状態で見かけて、10時くらいには回収されていた。回収後どうなるかはわからないが、大物の回収地点があるんだなぁ…と思った。

 日本だと大物ではなければ、縁起物はお炊き上げに出すイメージがある。私の周囲だと生の木をツリーにしている人は思い浮かばない。なので、クリスマスツリーの処分方法は考えたことがなかった。

 土がついていて重心が偏っているから、ほかのゴミと一緒にするとまずそう…。専用の回収経路があるのは納得。

バルセロナのゴミ出しシステム

 ちなみに、普段のバルセロナのゴミ捨て場はこんな感じ。

 道端に大きめのゴミコンテナが置いてあって、24時間捨てられる。ゴミ箱は分類によって一般、生ごみ、ガラス、紙、プラスチックの5種類に分かれていて、ゴミ収集車が随時回収にまわってくる。

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各色のゴミ箱と回収の模様

 でも、なんでも捨てられるわけではなくて、例えば服や粗大ごみはダメ

 衣類等は必要な人の手に渡るようにゴミ箱の上においておくこともあるし、粗大ごみは決まった曜日に玄関前に出しておくことになっていたはず。といいつつ、便器がまるごと捨ててあるのを何回か見かけたりしたけど。

 なんにせよ、おおむね24時間ゴミが出せて市が管理しているので、日付を守らないとかゴミ集積場の担当が大変で…といった個人間のトラブルは少ない印象

 けど、同時にバルセロナへの不満として真っ先にあがるのもゴミ問題だったりする。ゴミのにおいや、ゴミ箱まわりの汚れがとても目立つ。特に夏は、昼に暑さで臭ってくるのを避けるために朝のゴミ出しを避けるのがマナーと言われるほど。ついでに、ガラスごみ収集が夜中だととてもうるさい。

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こういう小さなゴミ箱もあるが、大体どれもきれいじゃない

リサイクル意識は高い

 ゴミまわりが汚いと書いたばかりだが、プラスチックや紙の消費削減への意識はとても高く、分別も念入りにしている。ケーキを買っても紙袋一枚、パンを買っても個包装ビニールには入れてくれない…ということも割とある。

 量り売りの野菜を取る時は袋を使うし、スーパーでパンを買うときは使い捨て手袋をはめないといけない。このへんの使いっぷりは大胆なので、それはいいの?と思ったりもするけど、全体としてプラスチックが少ないなとは常に思う。

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USBメモリのプラスチック包装はこんな感じで、まあわかる

 IKEAでバスタオルとゴミ箱を買って届けてもらったときは裸で玄関手渡し(ゴミ箱にタオルが入っている状態)で、アマゾンで本を買ったときはビニールなしでそのままボール紙の封筒に入っていた。売り物の外箱がつぶれていてもそのまま売られているし。ある意味潔い。

 人間は慣れる生き物と言うべきか、先日インスタントのミルクティーを買ったらシュリンク包装やら小袋やらプラスチックがたくさんあって、つい写真を撮ってしまった。シュリンクされた本も「開けるの大変だな!」と思ったし、こっちに染まってきつつある気がする。

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小分けがすごいな~と思った例。おいしかった